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東京地方裁判所 昭和61年(ワ)14097号 判決 1990年7月30日

原告 甲野花子

<ほか一名>

右両名訴訟代理人弁護士 矢島邦茂

被告 原田吉治こと 崔舜翰

右訴訟代理人弁護士 小見山繁

同 青木信昭

被告 千葉朝鮮信用組合

右代表者代表理事 尹基学

右訴訟代理人弁護士 大原明保

被告 新川満伊こと 李満伊

右訴訟代理人弁護士 高橋榮

主文

一  被告崔舜翰は、別紙物件目録記載の土地及び建物について東京法務局城北出張所昭和五八年二月二一日受付第一一七四五号共有者全員持分全部移転登記の抹消登記手続きをせよ。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用中原告らと被告崔舜翰との間に生じた分は同被告の負担とし、原告らと被告千葉朝鮮信用組合及び被告李満尹に生じた分は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  主文第一項と同旨

2  被告千葉朝鮮信用組合及び被告李満尹は、各自前項の抹消登記手続きを承諾せよ。

3  訴訟費用は、被告らの負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は、原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  原告甲野花子(以下「原告花子」という。)は、別紙物件目録記載の土地及び建物(以下「本件建物」という。)についていずれも一〇分の一の共有持分権(以下「原告花子持分権」という。)を、原告甲野太郎(以下「原告太郎」という。)は、本件物件についていずれも一〇分の九の共有持分権(以下「原告太郎持分権」という。)を有していた。

2  本件物件には、被告崔舜翰(以下「被告崔」という。)に対する東京法務局城北出張所昭和五八年二月二一日受付第一一七四五号共有者全員持分全部移転登記(以下「本件崔の登記」という。)、被告千葉朝鮮信用組合(以下「被告組合」という。)に対する同出張所同年一一月二九日受付第八五九一八号根抵当権設定登記(以下「本件組合の登記」という。)及び被告李満尹(以下「被告李」という。)に対する同出張所同六一年四月三日受付第二五三八二号抵当権設定登記(以下「本件李の登記」という。)がなされている。

よって、原告らは、被告らに対し、各共有持分権に基づき、請求の趣旨記載の判決を求める。

二  請求原因に対する認否

(被告崔)

請求原因事実はすべて認める。

(被告組合及び被告李)

請求原因1の事実は知らず、同2の事実は認める。

三  抗弁

1  (被告ら)

(一) 原告花子は、昭和五八年二月一〇日被告崔との間で、原告花子持分権及び同太郎持分権を、原告太郎持分権については原告太郎のためにすることを示して、代金三〇〇〇万円で売り渡す旨の契約(以下右の契約を「本件売買契約」という。)を締結した。

(二) 原告太郎は、原告花子に対し、右契約に先立ち、右契約締結の代理権を与えた。

2  (被告崔)

被告崔は、本件売買契約に基づき、本件崔の登記を経由した。

3  (被告組合)

被告組合は、昭和五八年一一月二八日、被告崔との間で、本件物件について債務者を訴外東洋開発株式会社(以下「訴外会社」という。)、極度額を五〇〇万円、債権の範囲を信用組合取引、手形債権、小切手債権、保証取引、保証委託取引とする根抵当権設定契約(以下「本件根抵当権設定契約」という。)を締結し、同月二九日、右契約に基づき本件組合の登記を経由した。

4  (被告李)

(一) 被告李は、訴外会社に対し、昭和六〇年九月一五日、弁済期を同年一二月一五日と定めて三五〇〇万円を貸し渡した。

(二) 被告崔は、被告李に対し、昭和六一年三月一七日、右消費貸借契約(以下「本件消費貸借」という。)上の債権の残額三三五〇万円を担保するため右債務の連帯保証人である被告崔との間で本件物件について抵当権(以下「本件抵当権」という。)を設定する旨約した。

(三) 被告李は、右の抵当権設定契約(以下「本件抵当権設定契約」という。)に基づき、本件李の登記を経由した。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1及び2の各事実は認める。

2  抗弁3及び同4の(一)の事実は明らかに争わない。

3  抗弁4の(二)及び(三)の事実は否認する。

五  再抗弁

1  (詐欺による取消し)

(一) 被告崔は、原告らが離婚するにあたり、原告太郎が原告花子に原告太郎持分権を移転し、その代わりに原告花子が原告太郎に五〇〇万円を支払う旨(以下「本件財産分与」という。)合意したことを聞知し、原告花子が不動産取引の知識に欠けているのを奇貨として本件物件を騙取しようとし、原告花子に対し、真実は、本件財産分与により後記のような多額の贈与税(以下「本件贈与税」という。)が課税されることはないのに、「右の財産分与をすると贈与税が九〇何パーセントかかり、三千何百万円もする。一時他人名義にしておいて、二、三か月して間違って登記したということで元に直せば贈与税を免れることができる。」と言って原告花子をして被告崔が原告花子の利益のために本件物件の仮装売買の買主となる意図を有しているかのように誤信させ、よって、本件物件売却の意思表示をさせた。

(二) 原告らは、被告崔に対し、平成二年一月一八日の本件口頭弁論期日において、本件物件売却の意思表示を取り消す旨の意思表示をした。

2  (錯誤による無効)

(一) 原告花子は、本件売買契約当時、真実は、本件財産分与により本件贈与税は課税されず、かつ、被告崔が本件物件の登記上の所有者としての地位を自己のために利用する意図を有していたのに、被告崔が右贈与税を免れさせてくれるために本件物件の仮装売買の買主となってくれるものであり、右によれば、本件贈与税を免れることができる旨誤信し、本件物件売却の意思表示をした。

(二) 被告崔は、原告花子に対し、本件売買契約に際し、再抗弁1の(一)記載のとおり申し向け、被告崔が原告花子の利益のために本件物件の仮装売買の買主となる意図を有している旨表示した。

3  (虚偽表示による無効)

(一) 原告花子と被告崔とは、本件物件について仮装売買する旨合意した。

(二) 本件売買契約は、右合意に基づくものである。

六  再抗弁に対する認否

(被告崔)

再抗弁事実は全て否認する。

(被告組合及び被告李)

再抗弁事実は全て知らない。

七  再々抗弁(被告組合及び被告李)

1  (再抗弁1に対する再々抗弁―善意の第三者)

被告組合は、本件根抵当権設定契約を締結するに際し、また被告李は本件抵当権設定契約を締結するに際し、それぞれ再抗弁1の(一)の事実を知らなかった。

2  (再抗弁2に対する再々抗弁―重過失)

(一) 原告花子は、被告崔が原告花子に対し、抗弁1の(一)記載のとおり話したことから、抗弁2の(一)記載のとおり誤信したところ、原告らは、本件売買契約の当時、顧問税理士を有しており、本件財産分与により本件贈与税が課税されないことを容易に知り得たにもかかわらず、右顧問税理士に相談しなかった。

よって、原告花子には錯誤につき重過失がある。

3  (再抗弁3に対する再々抗弁―善意の第三者)

被告組合は本件根抵当権設定契約を締結するに際し、被告李は本件抵当権設定契約を締結するに際し、それぞれ、再抗弁3の(一)記載の合意のあることを知らなかった。

八  再々抗弁に対する認否(被告組合及び被告李)

再々抗弁事実は全て否認する。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因について

1  《証拠省略》によれば、請求原因1の事実を認めることができ、右認定に反する証拠はない(同事実は原告らと被告崔との間では争いがない。)。

2  請求原因2の事実は当事者間に争いがない。

二  抗弁について

1  抗弁1及び2の各事実は、各当事者間に争いがなく、抗弁3の事実及び同4の(一)の各事実は、原告らにおいて明らかに争わないから自白したものとみなす。

2  《証拠省略》を総合すれば、抗弁4の(二)及び(三)の事実を認めることができる。

なお、この点については、《証拠省略》によれば、同書面の連帯保証人名は被告崔の自署に基づくものではないこと、《証拠省略》によれば、本件消費貸借契約の締結日は昭和六〇年九月一五日であるのに、登記簿においては本件李の登記が同月一二日の金銭消費貸借契約を原因としていることがそれぞれ認められるが、まず、丙第一号証の連帯保証人の署名の横の印影は、乙第四号証、丁第一号証の印影と同一であると認められ、《証拠省略》によれば、連帯保証人被告崔宛右保証債務の催告の事実が認められることに照らし、右の自署がないとの事実をもって連帯保証の事実を否定し得ないし、右契約の日付の差異は、三日にすぎないこと、《証拠省略》によれば、本件根抵当権設定契約締結当時、本件消費貸借契約上の債権の残額は三三五〇万円であり、本件抵当権の被担保債権額と一致することが認められるのであるから、右の点をもって前記認定を覆すことはできないというべきである。

三  再抗弁について

1  《証拠省略》によれば、原告らはもと夫婦であったが、昭和五六年末ころから離婚を考えるようになり、昭和五八年初めころには、離婚に伴う財産分与として、原告太郎が本件物件に対し有している共有持分(各一〇分の九)を原告花子に移転し、その代わりに同人から五〇〇万円の金員を受け取る旨合意したこと、同年二月ころ原告花子が、自ら経営するスナックの馴じみ客であって不動産関係に詳しいと聞いていた被告崔に対し、右合意の内容を話したところ、被告崔が原告花子に対し、再抗弁1の(一)記載のとおりの言辞を弄したこと、原告花子は被告崔の右の言葉を信じ右の共有持分の移転に伴い本来は多額の贈与税が課税されることになるはずであるが被告崔との間で仮装売買をすることによりこれを免れることができる旨誤信したこと、原告花子は、右誤信に基づいて、そのころ、本件物件の権利証、印鑑証明証等を被告崔に交付したことが認められる。

また、《証拠省略》によれば、被告崔は、同年二月ころ、従前からの知り合いであり、訴外平和相互銀行梅島支店次長であった訴外原田元道(以下「原田」という。)に対し、本件物件は本来自分のものであるが登記名義人が別人となっているため、売買という形をとって登記名義を自己に戻したいので、その手続きに協力してほしい旨依頼したこと、被告崔は同人から市販の契約書を用意するようにと言われたため、同年二月一〇日ころ、これを持参して同支店に赴き、同書面の必要事項を原田に記入してもらったこと、被告崔らは右同日夕刻ころ、原告花子を同支店に呼び、同人の了承を得て右書面を完成させ、右書面のコピーだけを同人に交付したこと、原田はこの契約書が被告崔から説明を受けた前記の趣旨で作成されたものと信じていたため、右の契約書にはローン付き不動産の売買では例の少ないローンの引継条項が特約条項として記載され、契約書も一通しか作成されず、売主として表示のある原告花子に対しては前記のようにそのコピーしか交付されなかったことを奇異に感じなかったこと、同支店においては被告崔から原告花子に対し金員の授受はなされなかったことがそれぞれ認められる。さらに、《証拠省略》によれば、被告崔は本件物件を自己の所有物件であると言って、前記各日時に被告組合及び同李に対し本件各担保権を設定したことが認められる。

以上の事実を総合すれば、再抗弁1の(一)の事実(詐欺による意思表示)、同2の(一)及び(二)の事実(錯誤)、同3の(一)及び(二)の事実(通謀虚偽表示)を認めることができる。なお、同1の(二)の事実は当裁判所に顕著である。

2  以上に対し、被告崔は、本件売買契約は真実なされたものであると主張し、その本人尋問において、本件売買契約は原告花子が同人宅において予め必要事項(売主、買主、物件の表示、特約条項等)を記載した売買契約書(乙第四号証)を用意し、これに被告が署名捺印してなされたものであり、その際、被告崔は代金三〇〇〇万円のうち手付金五〇〇万円を原告花子に支払い、住宅ローンの引継額二〇〇〇万円を除いた代金残額五〇〇万円は同五九年から六〇年にかけて順次支払った旨供述する。そして、《証拠省略》は、右事実に副うものである。

しかしながら、売買契約書(乙第四号証)作成の経緯は、前記認定のとおりであって、これについては証人原田が、詳細かつ明確に証言をしていること、同人には右の事項につき虚偽の証言をする何らの利益も認められないことに照らすと、前記認定に反する右被告崔本人尋問の結果は採用することができない。

また、被告崔は、売買代金の支払いという買主にとって極めて重大な事実について、自己の主張や供述を変転させるとともに、首尾一貫しない供述を繰り返し、また明らかに売買代金と認められない金員を代金として支払った旨供述していること、被告崔は、本件建物を原告太郎が設定したローンを清算しないまま引き継いだがその額については正確に把握していない旨供述しており、右は買主の行動としては通常考えられないものであること、原告花子本人尋問の結果によれば、被告崔は原告らから本件物件の登記名義を移転させるにあたり原告らを信用させるために右ローンの立替払いを申し出たが被告崔は間もなくローンの支払いを止め、原告花子がこれを支払い続けていることが認められること、被告崔は、原告花子に対し、同年二月二〇日ころ本件物件の明渡しを請求した際、同人から他に行くところがないと言われてこれを拒否されたと供述しているところ、原告花子が、契約締結時において、本件物件を出た後の行くあてが全くないのに、そのわずか一〇日後である二月二〇日に本件物件を明け渡す旨の約束をしたとは考えられないこと等に照らし、被告崔の前記供述は到底採用することができない。

四  再々抗弁1及び同3の事実について

1  《証拠省略》を総合すれば、被告崔は被告組合に対する本件根抵当権設定契約に際して本件物件の登記簿謄本を示し、自分が右物件の所有者である旨説明したこと、被告組合は右貸付について内部審査、稟議をしたことが認められ、右認定に反する証拠はない。右事実に加え、一般に、金融機関が虚偽表示、詐欺などにかかる物件につき、これを知りつつ担保権を設定し金員を貸し付けるという危険な行為に及ぶとは考えにくいことに鑑みれば、被告組合は本件根抵当権設定に際し前記抗弁1及び3の事実につき善意であったものと推認できる。

これにつき、原告らは、原告花子がもと所有していた千葉県印旛郡印西町所在の土地を被告崔に依頼して売却したことに関し、登記簿上表われている権利変動及び右土地についての根抵当権の抹消と時を同じくして本件物件に本件根抵当権が設定されていることなどから、被告崔と被告組合が密接な関係にあった旨主張するが、前記認定にかかる各事実及び《証拠省略》に照らせば、これのみをもって、被告組合が前記認定の被告崔の行為(抗弁事実)に加担あるいはこれを知悉していたとは認められず、その他、被告組合の善意を疑わしめる証拠はない。

2  また、被告崔が被告李に対し、本件抵当権を設定した経緯は前記認定のとおりであるところ、《証拠省略》によれば、被告崔は、右設定に際し、被告李に自分が右物件の所有者である旨説明したことが認められること、右の点を確認する方法としては当該物件の登記簿謄本を示すのが一般であり、本件においても被告崔は被告李に対し本件物件の登記簿謄本を示したことが推認でき、以上によれば、被告李も、本件抵当権を設定するに際し、前記抗弁1及び3の事実につき善意であったことが推認できる。

これに対し、原告らは、本件物件には既に債権額二〇〇〇万円の抵当権及び極度額五〇〇万円の根抵当権が設定されていたのに、被告李が新たに金三三五〇万円もの抵当権を設定することは不自然である旨主張する。しかしながら、本件抵当権は前記認定のとおり、被告李が被告崔に対し滞った金銭債務の支払を求める過程において、被告崔からその担保として提供を受けたものであって、新たに金員を貸し付け、これに設定されたものではなく、さすれば原告らの右主張は失当というべきである。また、被告崔の供述中には、被告崔が被告李に対し、本件物件の法律関係を説明したとする部分があるが、右供述はその文脈からすれば、被告崔が被告李に対し、本件物件の所有権が売買により原告らから同人に移転した旨の説明をしたという趣旨に解すべきであり、本件においては、その他、被告李の右善意を疑わしめる証拠はない。

五  再々抗弁2について

《証拠省略》によれば、原告らは、昭和五一年ころから訴外小野塚税理士(以下「小野塚税理士」という。)を顧問税理士にしており、同人の提案に従って、税金対策のため、昭和五六年五月二〇日、本件物件について、原告花子の共有持分権を三分の一から一〇分の一に、原告太郎の共有持分権を三分の二から一〇分の九にそれぞれ変更する旨の更正登記を経由したこと、原告花子は、小野塚税理士から本件財産分与の合意に基づき原告花子が原告太郎に支払うべき五〇〇万円については、その出所をきちんとしておくように助言を受けていたこと、原告花子は、昭和五九年分の所得税の申告手続について同訴外人に依頼していることがそれぞれ認められ、また、同人は、同尋問において今から考えれば被告崔から再抗弁1の(一)の申し入れがあったときに、小野塚税理士に相談するべきであったと供述していることからすれば、原告花子は、本件売買契約当時、本件財産分与により本件贈与税が課税されるか否かについて、小野塚税理士に対し、容易に相談することができたものと認めることができる。

また、前記認定したところによれば、本件売買契約の締結に当たっては、本件売買契約が原告花子の利益のために行う旨表示された仮装売買の合意に基づくものであるにもかかわらず、被告崔の方から、原告花子に対して住宅ローンの立替払いの申し出までしているという不自然な点が認められるのであるから原告花子はわずかの注意を払うことにより右申出が虚偽のものであることを看破し得たというべきである。

しかるに、原告花子は、被告崔の前記申し入れに対し、その真否を小野塚税理士に相談することもせず、かつ、わずかの注意を払えば、右言辞が虚偽であることを看破できるのに漫然とこれを信用し、自ら不実の外形を作出したものであるから原告花子には、本件錯誤について重大な過失があったものと言わざるを得ない。

七  結論

以上のとおりであるから、本訴請求は、被告崔に対して本件崔の登記の抹消登記手続を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余の請求は理由がないからいずれも棄却し、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 久保内卓亞 裁判官菊池徹、同齋藤繁道は転任のため署名押印することができない。裁判長裁判官 久保内卓亞)

<以下省略>

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